注文住宅 デザイン住宅 リフォームとリノベーションのアンフィニホームズ

第10回 『デザイン×建築 アンフィニホームズ 吉川均の軌道』

~ コロナ禍の建築は… ~

【最近の世相について】

 先行きに対する不安が先行するためなのか、行き場のない感情を代弁するかのように、全国ネットのマスコミは連日政府批判を繰り返し(確かにワクチン接種の遅れは厚労省の愚策の結果であり、ワクチン接種時期を早める事を強制できなかった政府にも問題はあるが…)、オリンピック開催の否定論の声をあげています。日本国民の70%が中止や不安を訴え、インドなどの現状を含めると、世界の誰もが危惧してる問題に対して、いまさら声高に発言する必要があるのか?と思ってしまいます。感染状況によっては開催できない事は当然で、たった一つ残された小さな明るい話題を政府や東京に一任して、ギリギリまで薄い薄い希望を持つ事は間違いなのでしょうか?

 そんなわけで、デザイン×建築の話はし難い状況です。しかし私たちのビジネスは、いずれ終息するであろうコロナ後の新たな人々の変化する価値観を先取り、予想してスタートを切る必要があると思います。

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▲郊外型インナーガレージ付集合住宅

建築環境と新たな建築ビジネス

 静岡県でも昨年の住宅着工は10%ほど落ち込みました。コロナの影響だけとは思いませんが、静岡は生産年齢人口が大幅に減っている状況などが原因かもしれません。静岡市の人口減少は全国政令指定都市20市の中で4番目に多く、市の真摯な政策見直しを期待します。同時に米国バイデン政権のコロナ対策が成功しつつある中、経済復興が急速に進み住宅着工が大幅に伸びて安価な米国木材が大幅に不足し、日本では仕入れコストが3割近く高騰していることは木造住宅が大半を占める日本では大きな不安材料です。そして静岡市の街を歩けば、空き店舗は日々増加し店舗改装も激減しています。同時に昨年のスルガ銀行の大不祥事による投資物件(賃貸マンションなど)に対する金融庁の融資制限によって、弊社でも数棟の融資が不可能になりました。昨年、全国的にはコロナ関連で廃業・倒産した件数は飲食に続いて建築業が2番目に多く、建築業界は今後も不透明な予測になるのですが、価値観の変化と捉え、新たな建築ビジネスを考えたいと思います。逆境は最大の転換、チャンスと思って…。

 先日、飲食大手のワタミは居酒屋「和民」の40%を焼肉専門店やフライドチキン専門店にすることを発表しました。これは多種メニューから専門メニューへ、また酒類主体からの脱却転換を意味しています。「塚田農場」も居酒屋から焼き鳥専門店やしゃぶしゃぶ専門店などに転換しています。

 ただし、焼き鳥屋でも寿司を頼めるサプライズを創出し、賑やかな環境を変えてより専門食材に特化する事に決めたようです。ここにはいくつかのキーワードが存在し、私たちも他業種から学ぶ事が必要です。①大型→小型に②大衆的なもの→専門的なものに③密な場所→ゆったりした場所に④人にやさしい事やSDGsを実現する事を考える…などをテーマとしました。

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▲インナーガレージ内部

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▲シェアハウス内観イメージ

 具体的な建築アイデアを少し考えてみることにしました。小さなアパートやマンションを少人数の趣味を持つ人たちのシェアハウスに活用。写真の好きな人・庭での果物、野菜造り・週末キャンピング・お菓子をつくる人など目的を持って何人かの共同作業ができるようリノベして、仲間に拡散する拠点とする。コンポストや雨水を利用することは必須です。
コロナ禍で清潔な意識が高まる中、住宅街に最新鋭の機器(布団丸洗い・ペット専用・高速乾燥機)を導入したおしゃれなコインランドリーを無人カフェや季節用品をしまうトランクルームのような場所に置き、人件費のかからない別事業を立ち上げる。

 全国展開する居酒屋などの退店後やビルの1フロアを小ブースにリノベし、メニューに特徴のある小規模店舗の横丁を創出し、小さな賑わいをつくる(焼き菓子通り・惣菜通り・マルシェ市場)。時間のシェアで昼と夜を2業種にして街中の旧いビルにキッチンをつくり、時間・曜日のシェアキッチンとする。テイクアウト商品や個人が営む店舗のつくり置き、料理教室などにも活用できます。また、ビーガンやハラル専用のキッチンスペースも事業化が可能です。少しお金をかけて急速に技術革新している急速冷凍システムを導入して貸し出す最新型のキッチンはどうでしょう?

 しかし、一番有望なのは郊外にあると考えます。ここ数年コンパクトシティ化が世の中の潮流だったように思います。郊外の土地利用を抑制して都市中心部に機能を集中させることでしたが、このコロナ禍で密になる街中を避けて飲食店も郊外に人気が集まったようです。
 中心部から郊外に対する価値観が再度見直されると思います。都内からの転勤者もリモートで可能となり、中心部の狭いマンションから広くて駐車場のあるマンションや海などの自然景観のある場所を選んでいるように感じます。

 弊社が以前から提案している楽しむ目的としたクルマやバイクのベースキャンプ、インナーガレージやホビールームを持つアパート。ガレージに限らず工房やアトリエとしても使え、仲間とシェアしてレンタルする新たなアパート。小さな敷地を利用した月極のサテライトオフィスやリモートワークセンターも可能性があります。考え出すと際限がないのですが、不況下といえる建築業界もお決まりのように住宅・ビル・マンションをつくる時代ではありません。新たなビジネスになる企画を立案し、その市場性があるのか?また利用者から支持が得られるのか?熟考して実験し、先取りしていかなければなりません。設計事務所に丸投げした建築だけで生きていける時代は公共事業と共に終焉を迎えたのです。


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▲郊外でライフスタイルを楽しむ家

第9回 『デザイン×建築 アンフィニホームズ 吉川均の軌道』

【こんなはずでは…】

 コロナ禍が1年も続き、未だ明るい兆しが見えないとは思いもしませんでした。
静岡市も現在、感染拡大は減少傾向で、本来ならそろそろ街ブラをしながら春を体感し、気に入ったお店でお気に入りのアイテムを探し、食事を楽しむ事ができるはずですが、気持ちが今一歩高揚しないのは私だけでしょうか?

 東京都の緊急事態宣言によるマスコミによる危機報道に感化されたせいか、私も家族との自炊と会社を往復する生活にすっかり慣れてしまいました。これはいけない、いけない。もっとアグレッシブに活動しなければ…。
時折街を見ると、閉店やシャッターの閉まった空き家が目につき3月(決算期)に向けて多くのお店が閉店するようです。

 1年前、今年の春頃には新型コロナウイルスが下火となって以前と変わらない活気ある生活ができると信じて、入場抽選にハズレてしまったオリンピックをTVで観戦する予定でした。しかし、その影は依然として人々に重くのしかかり、気持ちまで蝕んでいるため、経済活動はマヒ状態です。
 一日も早く経済がもとにもどらないと閉店する店が後を絶たず、街に人がもどらないまま私たちがランドマーク的建築で目指した街興しも無用になり、閑散とした街になってしまうのではないかと心配しています。

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▲紺屋町 Y's PLATZ テナントビル

【大好きな静岡の街】

 とはいうものの前回執筆したように、『2021年やりたいことオンパレード』を掲げての第一弾、紺屋町ビルが完成を迎えます。入居者の内装工事が始まるので4月中旬のOPENなのですが、街の中心部なので入居も決まっているはずでした。しかし、この状況で経済が疲弊してるため、すべての入居が決まっていません。弊社も含め、街なかの賑わいに対するコロナ禍の課題がここにあります。

 昨年紺屋町にビルを建てることが決まり、ランドマークにはならないものの街の賑わいを考えるというコンセプトが前提でしたので、街の歴史を調べていました。
じつは紺屋町を調べれば調べるほど現在の静岡の街の姿は徳川家康公の作品だと感じてしまいます。歴史的に見ると残念ながら静岡では存在感の薄い今川氏が駿府の街を室町~戦国時代までの230年間を統治しました。京都王朝文化を受け継ぐ戦国3大文化に数えられ、東国の京と呼ばれる都市を創りあげたわけで、今川氏が都市の原型を創ったと思っていました。東国の京といわれた文化が現存しておらず、その存在が知られていないのは何故か?私の仮説では今川義元亡き後、支配していた武田が徳川・織田軍に負けて撤退した際に駿府を焼け野原にしたと同時に、それらすべてが焼失してしまったのではないかと推察しています。

 しかし、家康公が駿府にいた期間は幼少時の17年と、隠居後の8年というわずか25年間。しかし隠居して大御所政治を駿府で執り行うことで現在の静岡市の原型ができあがるのです。駿府城を大型化し、安倍川の治水事業を行いました。この安倍川の水は平成11年まで日本一きれいな川水といわれていたそうです。建設中の紺屋町ビルの地下にもその地下水が流れ、多すぎる水をポンプアップするという苦労も家康公の置き土産なのでしょう。

 同時に京都のように大手門を中心に碁盤の目のような道をつくり、36ヶ町という町割り(区画整理)を確立。軍事的な要素までも考えた武士・職人・商人がそれぞれ集団となって住む城下町を形成し、町名がつけられました。今でいうSOHOスタイル(ビジネス兼用住居)ですね。そこで「紺屋町」の登場です。

 私も調べていて初めて知りましたが、わずかな間ながら家康公の静岡の大御所時代は上方や江戸の人口が15万であったのに対し、駿府(静岡)は10~12万。家康公についてきた武士団職人が主で、まさに日本の3大中心地であり、街は活況を呈していたようです。これだから歴史の紐解きは楽しいですね。
やはり現在の静岡市は、20数年居住した家康公によって創られたものといっても過言ではありません。

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▲紺屋町 イベントスペース SORA

【紺屋町の風景】

 弊社が街づくりを行っている鷹匠と紺屋町は歴史的にまったく違う街です。
鷹匠は鷹狩を含めた武士団の住居が横内門から続き、武家以外は1軒もなかったようです。そこから続く伝馬町は駿府一等の宿場町。そして匠のいる職人の紺屋町に続いていきます。家康公隠居政治に伴う町割りによる城御用達の御用染め物師の町として紺屋町ははじまりました。暖簾・旗・前掛け・陣幕さらには反物までの需要で50軒を超える紺屋が存在し、近隣に呉服屋・古着屋などが共存していたと記されています。

 しかしなぜ職人の町に静岡街道随一のパワースポットである小梳神社があるのか?また一加番神社(城警護団・旗本)のある鷹匠の人が、なぜこの神社の氏子に名を連ねてるのか?鷹匠と紺屋町の関係性は?という疑問がありました。家康公が大切した駿府の守護神であり、昔城内から小梳神社が鷹匠に移設されたときは城代をはじめとして加番の武士団が総じて工事を指揮していたようです。

 1675年に現在の紺屋町に移設された理由ははっきりしませんが、加番の屋敷が当時紺屋町に残っていたと記されていて、この職人の町に350年もの間、駿府の守護神社が今も存在しているわけです。ゆえにこの街は駿府の守護神とそれを警護した武士団・職人が混在している様子が想像できます。

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▲紺屋町 小梳神社

【紺屋町に想う】

 私は鷹匠の街で多くのプロジェクトに取り組み、現在の街の風情に賑わいのための要素を加え、ランドマークになる建築を考えてきました(もちろん賛否はあると思いますが…)。
 鷹匠は上品な文化的な空気と隠れ家的な小さなお店が点在し、ネオンが瞬かない街。そしてコロナの終息とともに新たなアートのイベントを企画し、建物ではない街のランドマークを創りたいと考えています。

 今回紺屋町に弊社事務所を開設するにあたり、鷹匠と紺屋町の違いを調べていくなかで、歴史的な背景に小梳神社による2つの街の関連性を見出しました。
 紺屋町は現在ならばアパレル生地発祥の地。そして江戸時代駿府の守護神であった小梳神社の祇園祭は小梳神社が八坂神社(旧祇園舎)の傍流であることも見逃せません。やはり紺屋町も鷹匠も静岡最大の文化の中心地だと思うのです。
 
 そして小梳神社を介した2つの街の人の交流が、街のにぎわいを創出するカギなのかもしれません。小梳神社を中心に弊社ビルの屋上にそんな時代を垣間見ることができるイベントや、鷹匠で開催するアート展を紺屋町で開催するなど、この街で生活する人たちの協力を得ながら、新たな紺屋町の賑わいを創りたいと思っています。やはり紺屋町には混在した文化とアートが似合うと信じて…。
※歴史資料は稲葉昌代氏「明治中期における静岡の紺屋」参照


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▲駿府城下町割図

第8回 『デザイン×建築 アンフィニホームズ 吉川均の軌道』

~2021年やりたいことオンパレード~

【コロナ禍の中で】

 コロナ禍による巣ごもり生活とお正月の不摂生にて、人生最大の体重増加で2021年を迎えました。いつ終息するのか分からないコロナ禍によって、日に日に疲弊する毎日の中、これからの生活に希望を見出せない心配事に直面されている方も多い事かと存じます。実名を公表しない静岡市に不満を持たれる方も多いかもしれません。しかし、コロナに感染した方の中には無防備な人もいるでしょうが、感染した方や店舗などが誹謗中傷にさらされる危険性もあり、私自身としては実名を公表しないことに異論はありません。感染を未然に防ぐためにも情報を知りたいと考える方の意見も理解できますが、日頃の行動を自分自身で律することが店名を知る事よりも大切だと私は思います。安全な場所はどこにもないのですから…。

 弊社も大変ですが、それ以上に苦労されてる飲食業や問屋などの卸売業者、コロナ治療の最前線で奮闘する医療従事者の皆さまに心からエールを贈りたいと思います。何よりも希望は生きる糧になります。今回はアフターコロナの世界で、私がチャレンジしたいことを爆発させる夢の話をする事で、新年のご挨拶に代えたいと思います。

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▲Y's PLATZ 屋外レストランイメージ

【2021年の生き方を考える】

 デザイン建築をテーマに“引き算の建築”をコンセプトに、どれだけ無駄を無くして洗練された建築(住)を提案するか?という事に七転八倒してる中、昨年には創立30周年を迎えました。それ以前は大学を中退(学費が払えず2年で除籍されたので中退ではありませんが…)し、前々回のVANとアパレル会社を設立しての15年間は(衣)の世界で色彩とデザインの探求に費やし、現在につながる(住)の世界への礎ができました。

 最近コロナ禍で考えさせられることが多く、私のこれからの人生は、いままで学んだ弊社なりのLIFE STYLEの表現とこれまでの経験値を生かしてやったことのない(食)の世界を実現したいと考えるようになりました。司馬遼太郎の短編の中に「1生50年(健康寿命かな?いまは80年くらいかも!?)、君は何をしてきましたか?」と問われたとき、立身出世のために生きる人生や、お金儲けのために精魂を傾ける人、または享楽のみに過ごす人もいるかもしれません。そして漫然と生きる人も…。しかし、「君は君の人生の中で全身全霊を注いで打ち込める仕事と巡り合うことができれば、これ以上幸せなことはない」と司馬遼太郎は書いています。

 私もいつしか歳を重ね、いつコロナに罹って重篤になってもおかしくない年齢になりました。人生の中で衣・食・住のすべてに取り組むことができるとしたら、こんな幸せなことはないと思います。これまで手がけてきた衣・住もつくり手としての世界観を感じていただき、クライアントの満足感をどれだけ達成できるかが大きなテーマでした。街おこしはその街の生活感であり、衣・食・住のすべてもその根底は同じですが、私は「こんな生活の在り方はどうでしょう?」と皆さまに問いかけたいのです。

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▲静岡市葵区住吉町RCマンション S-COURT

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▲鷹匠MUSUBIギャラリー

【2021年やりたいことオンパレード】

①本業の建築は想いを形にして表現する私どもの世界観なので、引き算の住宅・デザイン豊かな店舗・街おこしに繋がるランドマーク商業ビル・病院建築・マンション建築など、時代のニーズを先取りした建築をさらに進めます。

②前回書きました街おこしの一環としての鷹匠アート展を開催したい。今年中にできるか分かりませんが、鷹匠にフィットしたLIFE STYLEを具現化したいと思います。今年5月には紺屋町に小さな自社ビルも完成します。小梳神社の氏子の多い鷹匠と共にART展を紺屋町と同時開催したいと夢は膨らみます。

 街おこしは、決してランドマーク的な建築ありきではありません。その街に馴染む文化的なものを掘り起こし、その街の雰囲気を住んでいる人たちが創っていく事が大切と考えます。コロナ禍で巣ごもり状態がいずれ解消されれば、街ごとに昔のようなお祭りが行われ、新しい街のスタイルができればと思うのです。

③いよいよ一番やりたい無謀とも思える(食)の世界です。紺屋町に完成する自社ビルでINFINI STYLEの屋外レストランを計画中です。屋外で太陽を浴びながら小梳神社の大きな銀杏の木々を借景にした街の中心部で、屋外公園をイメージして日中は焼き上げたパンと野菜を中心にフルーツパルプやフラッペなど、公園でランチをしてるようなLIGHT感覚を。夜はPARCOのネオンと共に、野外で鉄板を薪で焼くお肉や有名店監修のアラカルトを味わいながらシャンパンを楽しむというように、ちょっとオシャレなブラッセリーを目指します。
定期的に静岡市内の方々との協賛イベントやINFINI Square(工事前に開催していたイベント)の出店者とのイベント・ART展・JAZZ NIGHTなどなど。多種多彩なイベントを開催する予定です。

 ほかにもやりたいことを計画しているのですが、今回はこのあたりで…。新型コロナウイルスの影響で計画が遅れるかもしれませんが、抑圧された分、大好きな静岡の街を元気にしていく場所を創っていきたいと決意する2021年です。

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▲藤枝市横内RC住宅

第7回 『デザイン×建築 アンフィニホームズ 吉川均の軌道』

~“アートの街・鷹匠”を町興しの目標に定めて~

 前回は、1970年代からオーガニックなLIFE STYLEを提唱してきたVAN石津健介氏の話でした。私どもは建築屋のため、これまでハード面での街づくりについて執筆してきました。今回は、石津氏から薫陶を受けたLIFE STYLEを意識したソフト面での町興しについてお話させていただきます。

 私は鷹匠町にご縁があり、ここ数年間で30軒近くの建築物や店舗を設計・施工させていただきました。現在も、ほどよい和の雰囲気と、建物を通り抜けられる低層ビルの建築を手がけています。しかし、コロナ禍で近隣の丸井は来年閉店が決まり、人の回遊性が少し減ったような気がします。以前のように週末はマップを見ながら鷹匠を探索する若者も少なくなったようです。素敵なショップや雰囲気の良い街並みを探しながら裏道を歩く醍醐味。このワクワクした冒険はコロナの影響で、ウーバーやテークアウトを利用した巣篭もり生活に変わってしまいました。鷹匠は閑静な住宅街ならではの静かな生活の営みと、隠れ家的な飲食店が同居し、ふと立ち止まって中に入ってみたいという衝動に駆られる街です。その体験がやがてできると思うのです。

 その時に、もっとワクワクする街になればいいなと思います。これまで、さまざまな仕事をいただいて、建物や店舗という器をつくってきましたが、人が集まらなければ建物や店舗は活気を失くしてしまいます。創造舎の山梨社長は、人宿町で自前による建物を隣接して建てることで個性的な街並みをつくってきました。そこには魅力ある店舗が軒を連ね、人情ストリートという縁日のお祭り的な要素も加えて、人が賑わう活気を生み出しています。社名の如く街を創造していて、その姿を傍で見ていてもワクワクする街を楽しみながらつくっていることが分かります。それぞれの街が持つ雰囲気や個性は、その街によって異なります。その街の歴史やそこに住む人たちの個性によって街が形づくられていくといっても過言ではありません。

 静岡市は地形的に自然と街がコンパクトに集まっていて(コンパクトシティの計画にはピッタリなのですが…)、どの街にも深掘りできる歴史や、人が集い、賑わいのある雰囲気がつくれる町興しのヒントが転がっていると思うのです。今後は、街の魅力を建築という器から少し離れて、ソフト面から引き出すことができないだろうか?と思うです。それを私の新たな目標にしたいと思います。

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▲パサージュ鷹匠

【鷹匠の町興しを考える】

 静岡は、どの街にもそれぞれの特徴があり、考えるだけで、あの街にあんな建物を建ててみたい…とワクワクするのですが、今回はご縁のある鷹匠町についてソフト面での町興しを私なりに計画してみました。

 鷹匠は年に2回ほど古本市が開催されます。私の知る限りでは6つの書店があり、いずれも個性豊かなお店ばかりで、児童書や古書を専門に扱う書店も2つあります。土日だけ営業している書店や店主がセレクトした書籍を取り扱う書店、そして、新静岡セノバのMARUZEN&ジュンク堂書店など、まさに文化の源、知の探究ができる本の街です。

 一方、目先を変えてアートスペースを調べてみると、隣町の伝馬町を含めると5軒もあります。そして、最近急激に増えてきたのは、小さなオーガニックレストランやカフェ。無添加はもちろんのこと、時節柄、ビーガンを対象とした飲食店も増えてきました。目を凝らすと鷹匠町の特徴は健康と文化の街であり、それを求める人たちを受け入れる成熟した“大人の街”に変わりつつあります。

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▲ラティエーラ鷹匠

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▲グランデクレシタ鷹匠

【アートの街・鷹匠】

 鷹匠町で自然発生的に誕生した健康・文化を熟成させていくことが、この街の発展につながると考えています。私は“アートの街・鷹匠”を町興しの目標に定めました。私どもが昨年手がけたラ・ティエーラ鷹匠1階に、アートの拠点となる『Art spase MUSUBI』を7月にオープンしました。現代アート作品の発表の場として、希望する方に対しては(審査はありますが…)、1年間の週単位にて無償で展示することで、鷹匠を活動の拠点とするアーティストを増やしていきます。

 1年後には、展示したアーティストや町内会の皆さま、専門学校や銀行などにも協力を仰ぎながら、1年に1回の頻度でアート、ミュージック、身体と地球に優しいフードを楽しみながら鷹匠の魅力を再発見していただくアート展『ANNUALE(アニュアーレ)鷹匠』を開催する予定です。※アニュアーレ=1年に一度のアート展の意味。このイベントは、県内在住のアーティストの作品を鷹匠の空き家や軒先、駐車場などを使わせていただきながら展示するストリートカルチャーに根ざしたもので、出店する飲食店にもこのイベントだけの限定メニューをつくってもらう予定です。
 
 ミュージシャンによる演奏をバックに街を周遊してもらいながら、鷹匠の魅力を再発見してもらうことが目的でもあります。建築屋としてのスタンスを貫きながら、石津氏から学んだ常に移り変わっていくLIFE STYLEの本質を追求していきたいと思います。その地道な活動が、アフターコロナの新たな街の価値観を育むことにつながります。成熟した文化をアピールする街として、そして、アーティストの活動に共鳴して多くの若者が集まり、ここから新しいカルチャーが育まれていくような町興しにつなげていきたいと思います。ゆくゆくは愛知トリエンナーレのような大きなイベントになればと、夢を馳せています。
※このイベントは、現在私どもが企画している内容で、さまざまな関係者に了承を得て進めているものではありません。

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▲ART SPACE MUSUBI

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▲ART SPACE MUSUBI (ギャラリー内)

第6回 『デザイン×建築 アンフィニホームズ 吉川均の軌道』

~日本のLIFE STYLEをつくったVAN石津健介氏~

 昨年、5回にわたって建築をテーマに連載しましたが、これから2カ月に1回のペースで新たに連載をはじめます。建築の領域にとどまらず、私の人生において多大な影響を与えた石津健介の思い出も交えて、お話しさせていただきます。最初は、私の軌道の根幹にある石津健介の話しです。

 父の後妻との確執という理由から、私は大学を中退して自力で生きていく道を選ぶことになりました。その当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだったアパレルメーカー『VAN. Jac』の難関をなぜか潜り抜け、本社採用となりました。当時は就職したい会社NO1で入社することがとても難しい会社でした。芸能人が行き交う“VANタウン青山”と呼ばれる東京青山の本社で、社会人としての第一歩をスタートしました。時は1970年代、日本全体がまだモノクロ映画のようでした。そこに新たなフルカラーの世界を出現させたのがVANでした。石津健介という稀代のクリエーター社長が率いるVANは、アイビーからウエスタン、米国西海岸のファッションまでを網羅し、モダン高級家具のarflexや、日本の家庭に初めて飾れる観葉植物を提案したGreenHaouse、オーガニック志向の生活雑貨を提案するOrangeHouse、日本初の立ち飲みエスプレッソが味わえるエスプレッソ356を併設したVAN99ホールをつくりました。このホールでは99人の観客が、ジャズ、ボクシング、寄席、演劇といったイベントを99円で観ることができます。海外の新しいLIFE STYLEを本格的に日本に伝えようとした試みが当時の若者に支持され、人気のスポットとして話題を集めました。

 VANstyleで新しい衣食を創造・提案し、いずれは住の建築まで手がけるのではないか?と私たち社員は思っていました。ファッションのイメージだけが一人歩きするのではなく、海外の洗練された衣食住を可視化して提案し、ビジネスとして具現化した日本初のLIFE STYLE企業がVANでした。当時、多大なる影響を受けていた経営者の方も多いのではないでしょうか。

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【cotton life】

 入社して間もない頃、突然私の上司がアパートに訪ねて来ました。部屋に入るなり、私の生活雑貨や服をゴミ箱に捨てていく。戸惑う私に「君の生活は化学製品にあふれている。そんな生活はやめてCOTTN LIKEな生活に変えた方がいいよ」と言って帰っていきました。今思えば、自然から作られたオーガニックな素材を身にまとい、持続可能な生活を体感することで自分の価値観をアップデートさせるということがVANの本質だったのでしょう。しかし、その当時は不思議な行動としか思わず、真の意味で理解できたのは、ずいぶん後になってからです。

 その上司が“like”と言ったのは、自然なもの(cotton)を好き(like)になる生活をしなさいと言ったのでしょうが、私はcotton life(天然素材の生活)と理解して実践を始めました。当時からVANにはオーガニック的な考え方があって、自然素材による製品づくりを目指していました。すべてのVAN製品はウール100%、もしくはコットン100%でつくられており、ジャケットの裏地でさえコットンリンターという綿花の実の一部でつくられたキュプラでした。当時を知る方は、オックスフォードB .Dシャツのコットンの肌触りと製法のこだわりを今でも忘れていないはず…でしょ?

 その【cotton life】を実践することで、COTTN LIKEの価値を実感、共感させるのがVANでした。それから時が経ち、いつかはVANがやるだろうと考えていた建築に興味を抱きました。すでに往時のVANは倒産していましたし、石津健介氏には到底及びませんが、建築のセオリーを知らずに熱い想いだけで廻った欧州で目に入ってきたものは石造りの建物ばかりでした。天然石の美しさと堅牢さに感動し、日本でこんな建築がやりたい!と帰国。その後、天然石の高額なことに唖然とし、そこでコンクリートの表現力に同じ自然感を見出しました。コンクリートの成分が天然素材であることを知り、それならばとコンクリートの世界に飛び込みました。いまでは木造や鉄骨も手がけますが、その仕様にはできるだけ自然素材を使っています。

 当時、薫陶を受けた【cotton like】な生活とは素材選びだけではなく、洗練されても華美にはならず、too muchなものは選ばないという弊社のコンセプトに多大な影響を与えています。

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▲石津健介氏

【COLORは命】

 話しはVAN時代にもどります。VANは製品企画が終わると、どのような色の生地をどれだけ製造するのかという会議があります。1つの製品に何色の生地を使って、何枚つくるのか?それが何百種類もあるわけですから、時間と労力が求められるハードな作業になります。カラーバリエーションも数百色あって、その度に色見本帖を参照していては時間がかかりすぎます。そのため、新入社員の時からすべての色に共通ナンバーを付けて、それを暗記することが必須になります。

 色彩は服の命。そう叩き込まれながら仕事をする内に、社員同士でも微妙な色合いまで共通ナンバーで理解できるようになり、色見本帖が不要になりました。VAN語とでも言うのでしょうか?色を共通言語として認識するわけで、現在も建築で使う色は特別なものと考えています。弊社の新人は必ずといっていいほど、私から色に関してダメ出しの洗礼に遭いますが、これも石津健介氏から学んだ教えの1つです。

【そして静岡へ】

 入社して数年後、突然VANは日本全国に12の支店を設けることになり、会社からの要請で私も東京を離れることになりました。私が行きたい地方都市で約1年間、百貨店の直営店長を兼務した市場調査を拝命しました。大都市でも田舎でもない静岡、東京にも程よく近く、自然が豊かで気候が温暖、食材も豊富。そして、富士山と海があり歴史のある静岡を選びました。

 赴任地は西武デパート(現PARCO)の2階にあったVAN直営店。いつも小さな休憩室で昼食をとりながら、小梳神社と紺屋町を眺めながらが毎日の日課でした。地縁のない静岡との生活はここから始まりました。それから40数年を経てPARCO前にあった、かに本家跡地が売り出され無条件に購入することを決めたのは、この時の縁があったからではないかと思います。若かりし日に、石津健介氏に教えられたVANイズムをこの紺屋町で実践できるか?自分に与えられたチャンスを楽しみながら、紺屋町界隈の街づくりにチャレンジしていきたいと思います。

※石津健介氏:戦後VANという会社を設立、欧米の風俗を紹介し若者たちにアイビールックを定着させ、生活環境全般にスタイル提案を行う。

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▲かに道楽跡地に建設の低層建築 (Y's PLATZ)

第5回 『デザイン×建築 アンフィニホームズ 吉川均の軌道』

~街づくりの夢とこれからの企画型建築を語る~

【人口減少の一途を辿る静岡市への想い】 

 人口減少が“商都”静岡市をむしばみつつあります。呉服町にも空き店舗が出て、七間町には往時の活気がありません。データを調べてみると、静岡市の土地面積は20ヵ所ある政令指定都市のなかで2番目。全国の市町村のなかでは4番目の広さです(香港より広いとは驚きです)。しかし、人口減少は政令指定都市のなかでは4番目に多く(2018年)、岡山市より人口減少が顕在化しています。『これでいいのか静岡市』という書籍によると、静岡市葵区には日本百名山の南アルプス赤石岳・間ノ岳があり、東には富士山を配し、日本で最も深い湾といわれている駿河湾があります。気候温暖な街でもあり、古くは『日本書紀』のヤマトタケルの≪焼津・日本平・草薙≫などの神話も存在し、登呂遺跡や東照宮など歴史的なエピソードも数多く存在します。ほかにも三保の松原や次郎長、そして清水港のマグロの水揚げ高は日本一、茶の名産地やサッカー王国と、その資源は枚挙に暇がありません。

 徳川家康や慶喜公が隠居後、好んで暮らした温暖な街。都心にも近い。それなのに何故人口減少に歯止めがかからないのか?それは、これらの豊富な資源の存在を全国や世界にアピールする努力を行政が怠っているのではないでしょうか?国を挙げてインバウンドの取り込みが叫ばれるなか、静岡市は豊潤な資源を≪点≫だけの観光にしてるため、静岡市に年間2000万人を超える観光入込客があるものの、宿泊は僅か150万人程度。最近はようやくホテルの建設が増加していますが、静岡の魅力を伝える努力が足りないと思います。それには観光資源を有効的に≪要所の連続した面≫で魅せることを考えることが必要です。このような魅力が無いため若年層が静岡離れを起こし、東京一極集中のなか静岡市は一人負けしています。街に活気がなければ魅力を失い、人が減り、商売や地元企業の業績が落ち込む。私ども建築会社も苦しい環境のなかで事業を進めなければなりません。人口がこのまま減少し、中心市街地がシャッター街になってしまう前に静岡市は本気で街づくりを考えなければなりません。

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▲パサージュ鷹匠

【身の丈の街つくり】

 ここ数年、民間企業による街づくりが際立っています。2011年の静鉄によるセノバのオープンが中心市街地最大の新たな市場エリアを形成したといっても過言ではありません。通行量も呉服町を抜き連続トップになり、鷹匠~けやき通り~パルコへの人の流れをつくりました。一方、中小企業の若い経営者も社運をかけて街づくりに奔走しています。用宗にインバウンドを取り込むために、旅館・レストラン・温泉施設をつくったCSA不動産の小島氏。人宿町を中心に商業ビルを何棟も建設し、レストラン・劇場・物販店などを誘致して一つの街を形成。往時の祭りを掘り起こして賑わいをつくる創造舎の山梨氏。新たな6次産業に身を投じ、静岡の名産品と農業の在り方を模索してオリーブ畑の栽培に取り組むクレアファームの西村氏。中小企業の経営者が意欲的に街づくりにチャレンジしています。一人の人間の発想と実行力で、これほど街に変化があると実感するのは私だけでしょうか?これからの時代、単に依頼された建物をつくる建築屋ではなく、その街と周辺を面で捉えて賑わいをつくる街づくりを考え、エリア全体で街づくりの特徴を考えられる“デザインで施工する会社”が望まれているのでしょう。私はこれら社長達には遠く及びませんが、私の身の丈で鷹匠町のエリアを活気ある街にしようとしています。振り返ると今までに鷹匠だけで20件以上の建物や店舗を手がけさせていただきました。

 セノバからは東のエリアですが、洗練されたお店がいつの間にか佇む街。そんな街にしたくて新たな計画を進めています。思い返すと東京から転勤してきた当時の会社の所在地が鷹匠でした。以来、何かにつけ鷹匠町には関わりがあり、現在は私自身、平日は鷹匠で暮らす毎日です。静岡市のさまざまな街を限られた人達がデレクションによって活動していますが、いずれはそれが点ではなく広い面として静岡市の街の魅力になれば人口増加に繋がると思うのです。後は行政がどのようにプランニングしていくかによりますが、現在再開発で市が静岡駅前に地上30階建ての高層ビルを進めているようですが、それが人口減少に歯止めをかける計画なのか?50年後にその建物はどうなっているのでしょうか?静岡市には、豊富な資源を活用した身の丈に合った街のグランドデザインを考えてもらいたいと切に願います。

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▲用宗古民家リノベーション

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▲マンション

【どんな街になるべきなのか?】      
             
 以前から静岡市は地形的にコンパクトシティ化しやすい街といわれてきました。ならば、是非そんな街の静岡市を夢見ています。最終回なので、私の勝手な想いを書かせていただきます。静岡市だけでなく地方都市は自動車に依存してきました。人口が減るなか一言でいうと“歩いて暮らせる街”になるべきだと思います。どうしたらできるのかを考える事が必要です。静岡市にも郊外の大型店があり、クルマでドライブしてランチとショッピングをして一日を楽しむライフスタイルとは別に、個性的なアイテムを取り揃えたお店でクルマに縛られず、夕方になったらお酒も愉しめる中心市街地ができれば…と思います。クルマが必要な街から“歩いて楽しめる街”に変貌してほしい。そのためには中心市街地の公共交通の問題や郊外から街に入るための大きなパーキングのほか、景観を維持するために青葉シンボルロードなどの植樹化や常磐公園などの公園整備は欠かせません。何よりもアートやさまざまなメッセージがあふれる街になればと思います。フランスのストラスブールのようにバリアフリーで素敵なトラム(LRT)が中心部を駆け抜け、街灯からトータルデザインで統一された歩行者専用の空間や自転車走行道路が“街の快適さ”を生む。郊外から訪れる人や観光客のために大きなパーキングを駿府公園につくり、トラムとのアクセスを図る。静鉄の今田社長に期待したいのが、以前静岡市との間で検討されていたLRTの導入です。新静岡~七間町、区役所。新清水~日出町、清水駅の計画です。静岡市は導入に向けて研究会を立ち上げたものの、その後、静岡市からのアナウンスはさっぱりです。

 『フランスの地方都市には何故シャッター通りがないのか』という書籍によれば、時代は≪自分を大切にする≫文化が進み→≪自分にご褒美≫というキーワードによる店舗が増え、“不確実な未来”より、いまを大切にする人々が物質より人との繋がりを望むことで、それが街つくりの大きな原動力とキーワードになります。週末にはトラムで街に出かけ映画やショッピング楽しみ、夜はレストランで食事をする。そんな“歩いて楽しい街”をつくれることが、人口減少に歯止めをかける街なのでしょう。“環境”が重視される近年、クルマに対する考え方が変わってきてることも事実で、最近はカーシェアリングも日本では増えています。海外では市民が運転するライドシェアと呼ばれる乗合システムやレンタル自転車が大きくシェアを伸ばしていることも見逃せません。中心街にクルマがなく広い県庁通りにトラムが走り、その一つは宮ケ崎商店街に向かい浅間神社まで歩く。もう一方は七間町を通って人宿町や駒形商店街に続く。人宿町から少し左折して歩けば樹々の多い自然公園になった常磐公園や、テラスと樹々と音楽が流れる青葉シンボルロードには毎週朝市マルシェで賑わい、呉服町にはクルマが一台も通らず年中歩行者専用の空間になる。自転車専用の道路があり、のんびりショッピングを楽しむ。着工が始まった駿府城や東照宮までの道が分かりやすく整備され、清水港や用宗港までの自転車ロードも整備されて、海を見ながらのスポーツイベントが行われる。海外の旅行者もあちこちで静岡の食材を味わっている。温暖で文化的な街・静岡に注目が集まり、人口は年々増加していく。そんな街になれたら建築のデザインも変革、、静岡独自の文化が形づくられると思うのです。以前の清水市をあまり知らないため一概にはいえませんが、同じように構想できるはずです。そんな静岡市の街づくりを楽しみに連載を終えたいと思います。

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▲トラム

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▲赤石岳

第4回 『デザイン×建築 アンフィニホームズ 吉川均の軌道』

~吉川 均氏 住宅建築を語る~

 台風15号の猛威で千葉県では大変な被害に襲われました。停電はピーク時で64万軒、停電による影響で断水が各所で起き、水・電気のない生活を強いられました。同時に風雨による住宅損壊は3万棟におよびました。
 私の父が新聞記者だったこともあって転勤が多く千葉県で高校時代を過ごし、八街・成田・山武と被害が多かった地域の友人が多いため、ことさら心配な日々を送っています。この被害を建築を生業としてる観点で考えてみると、テレビで被災地が映し出され、損壊した屋根にかかった簡易なブルーシートのあまりの多さに、震度7にも耐えられると強さを強調してきた最近の住宅建築とは一体何だったのか?と思うのです。住宅損壊3万棟の多くが屋根からの被害とは、地震には強いが、実は風雨には弱いという事を露呈した光景のように感じたのは私だけでしょうか?“本当に強い住宅”とは何なのか?と、あらためて考えさせられることになりました。

【地球や私達を取り巻く環境】

 信じる人もいない人もいる温暖化ですが、最近の異常気象を見れば明らかに影響があると感じます。日本は今、秋真っただ中なのに10月になっても30℃を超える日が何日も続いています。2080年には世界の海面が40㎝上昇し、世界で2億人の人たちに被害がおよぶといわれています。また、今世紀末には地球の平均気温が4.8℃上昇するといわれ、南極・グリーンランドの氷が溶けて海面が約1m上昇するともいわれています。海に近い東京江東区・墨田区・江戸川区・葛飾区などは、ほぼ水没し、大阪では北西部から堺市の海岸線がなくなるといわれています。静岡の海岸部も覚悟と対策が必要ですね。日本の温度は気候帯(気候の特色で春夏秋冬を感じる事)が毎年4~5℃北上するといわれています。同時に降水パターンが変わり内陸は乾燥し、熱帯低気圧が猛威を振るい巨大な台風(サイクロン・ハリケーン)が頻発すると予想されています。猛暑日や熱帯夜が今以上に大幅に増え、熱中症やテング熱(蚊による感染症)が増加するといわれています。日本では作物に対して気候帯に合わせた研究が進んでいますが、人生100年時代というならば、異常気象に合わせた自分の子ども達の未来を考えた新しい強固な家づくりがあらためて必要と思います。

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▲A邸 RC住宅

【自然災害リスクの高い日本を再確認しよう】

 私達は日本に住んでいて数々の自然災害にあってきたものの、それが日本だから・・・と思い込み、常態化していませんか?しかし、日本は世界から見れば大変な自然災害リスクのある国なのです。地震は世界の地震の10%以上が僅か陸地0.3%の日本周辺海域で起き、世界で起きている震度6以上の20%以上の地震が日本で起きています。津波は米国海洋大気圏局(NOAA)のデーターでは、日本が全世界で最大の津波災害国と予測しています(NOAAでは紀元前2000年前からのデーターを保有)。

 南海トラフ地震では、静岡県は最大で25.3mの津波が襲うことが想定されています。そんな日本に原発が54基あり(止まっているのを含めて)、アメリカとフランスに次ぎ、世界第3位の原発保有国です。東日本大震災では死者2万人を超す大災害でした。台風は1959年の伊勢湾台風で5098人の死者を出し、日本は世界でもっとも危険度の高いリスク国となっています。また、日本には世界の活火山の14%、108つの世界有数の火山大国です。これを資源にインバウンドを呼び込むことも必要ですが、やはりそのリスクはあります。自然災害で死亡リスクが高い国として世界8番目とされ、とても自然のリスクが高い国だということを認識する必要があると思うのです。とはいうものの、危ない!といわれても日本から離れられない私たちは、急変する気候と温暖化の中で生活する家に求めるものは何か?を考えないといけないと思うのです。

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▲S邸 RC住宅

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▲I邸 RC住宅

【なぜ千葉であんなに飛ばされた屋根のある家をつくるのか?】

 日本の住宅の屋根は風土によって独自の発展をしてきました。沖縄・九州のように台風の多い地域の瓦屋根は漆喰で固め、暴風雨で吹き飛ばされないようにしています。東北では雪が多いため、瓦屋根より水が浸透しにくいトタン屋根で全体重量を考えてつくられています。また、雪などが滑りやすいガルバリウムの屋根などが使われています。海が近い強風が吹く屋根は、サビに強いスレート系の屋根を使っています。しかし風の対策はどうなのでしょうか?これからますます多くなる巨大台風の場合、屋根はとても重要なファクターであると今回の千葉の件で感じました。

 そもそも屋根は、いまのような形状や部材が必要なのでしょうか?大きなビルには当たり前のように屋根と呼ばれるものがありません。なぜ住宅には屋根があるのでしょうか?日本は昔から瓦屋根の家がスタンダードで、日本家屋のデザイン上必要とされてきました。また風情という観点は否めませんが、古都でもない一般的住宅にそれらが本当に求められるのでしようか?屋根の形状が建物からせり出さずに雨・風を充分に防ぎ、強固で雨漏りのしないものであれば、今回のように風雨で飛ばされたり損壊はしません。屋根の形状そのものがハリケーンで吹き飛ばされるのは、アメリカの映像で映しだされる光景です。
※箱型の屋根の無い家・・・防水と断熱をしっかり行えば、本来屋根に求められるすべての機能は兼ね備えられます。同時に、もっと強度を求めるならいっそのこと、箱の形状そのものをモノコック構造(外皮に応力を持たせる一体形状)にすべきなのです。風雨で飛ばされない屋根と呼ばない構造です。屋根があるのは当たり前という住宅建築の常識を考え直さないと、気候変動についていけないことを千葉のケースで立証されたと思うのです。

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▲M邸 RC住宅

【住宅にこれから本当に求められるものとは?】

 今夏不思議な現象が多発しました。冷房設備と室外機を結ぶ配管が直接外に出ていなく天井などを通って外につないであるケースの場合、雨漏りがするといわれ調べてみると、今年の異常な猛暑の影響で天井内と配管の間で結露が生じて、それが雨漏りと間違われたようです。冷房機メーカーも今年は異常だったと発表しています。新たな自然リスクによる問題点です。

 日本では近年住宅に対して利便性・快適性を謳う会社が増えていると思います。ZEHと呼ばれる創エネ・省エネ・畜エネは必要なのですが、はたしてIoT(internet of things)使った目覚めたらカーテンがあいて、自動で戸締りをするなどの利便性を追求するのは、異常気象の日本で今必要なのだろうか?と思うのです。また、サスティナブルと呼ぶ温暖化の原因となる石油エネルギーを使わない自然エネルギーは必要ですが、自然素材といって木を使うことは次の問題に対してどうなのでしょうか?

 まず巨大化した自然災害リスクは、あらためて家の強度を考えることを示唆しています。東日本大震災後、震度7で倒壊しないという耐震性はもちろん、台風15号でわかった風雨対応性とゴルフ練習場の倒壊でも被害のない堅固な建物化。祇園で起きた大火災などを守る耐火性。これが人生100年時代に必要な住宅だと思います。情緒的に少々敬遠されるコンクリート住宅だけが、すべての自然リスクから守れる家はないと思います。石に近い硬度があり、しかもモノコック構造な家、自然エネルギーを畜エネし、耐火性も抜群なものがすべてのリスクに対応できる現時点でのベストな住宅だと思うのです。次世代を担う子ども達のために、異常気象や温暖化を考えるきっかけになれば幸いです。

第3回 『デザイン×建築 アンフィニホームズ 吉川均の軌道』

~医療建築への想い…それは1本の電話からはじまった~

 29年前に、私が起業したばかりのことでした。建築業界で何もかも手さぐりだった時に、医院建築という一つの得意分野をつくるきっかけになったのは突然かかってきた1本の電話でした。「おーい吉川君、あなたFPのことを得意にしてるって聞いたけど、他界した父の医院の相談にのってくれる?」。電話をかけてきたのは静岡では有名な開業医の娘さんで、私のアパレル時代からお付き合いのある方からでした。院長だったお父さまが急逝され、相続問題がよく分からないので相談したいとの事でした。当時、建築業界に飛び込んだものの静岡出身ではない私にとっては、地縁・血縁もないため営業をしても門前払いの連続で、はじまったばかりのFP(ファイナンシャルプランナー)の勉強をようやく終え、それを活用して営業活動をしようと考えていました。まだFPが何なのか世間ではほとんど理解されていない状況で、限られた私の友人たちに熱意を込めて語った一人が彼女でした。

 相続などの相談からはじまった話は、新たに旦那さま(Y先生)の理想の医院建築に着手する話になり、延べ1000坪近い建物の設計・施工のすべてを任せていただくことになりました。はじめての大仕事にたじろぎながらも銀行に奔走し、はじめて経験するコンサルタントとの打ち合わせや、Y先生の紹介で有名な医院を四国の高松から名古屋、群馬と視察しながら未開の大きな医院建築に取り組むチャンスをいただきました。考えてみればこの仕事を受けた私自身も、そして著名な医院が無名の私を起用したことについて、いま思うと信じられないことだったと、その当時を振り返るたびに思います。このようにして私どもの医院建築がはじまりました。

                                     
【医院建築のDesign】

 私どもが意とする“無限”を合言葉にしたアノニマスデザイン(有名なデザイナーなどがかかわらないデザイン建築)ですが、医院建築を手がける場合もビル内にある医院を手がける場合もDesignでは、常に気をつけるポイントがあります。それはY先生の紹介で群馬の有名な医院に行った時のことでした。超近代的な建物に感動していたところ、わざわざ院長先生が対応いただき院内の説明をしてくれたのですが、昔、映画で見た赤ひげ先生(とても庶民的な方でした)のようで、超近代的な建物と院長先生とのイメージがしっくりこないことに気づきました。この赤ひげ先生ならば、もっと優しさのある雰囲気のある建物や患者さんと距離感のないあたたかみのある建物で診療される方が、患者さんもしっくりするのではないか?と感じました。

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▲Sデンタルオフィス

 帰社してから医院のDesignについてずいぶん時間をかけて考えました。群馬の医院は設計士の得意なデザインを先生が好まれて建てられたのではないかと思いましたが、医院建築というのは患者さんにとって信頼や安らぎが得られる環境をつくるべきで、設計士が得意とするデザインではなく、主役である先生の人柄や考え方、しいていえば先生の人生観がほのかに感じられる建物や内観をつくるべきであり、それが安らぎに繋がるという考えに至りました。

 Y先生の場合も診療に関する打合せよりも、趣味や好きな国とその理由、余暇にはどのようライフスタイルを送っているのか・・・など、かなりプライベートな部分にフォーカスしました。同時に奥さまのファッション感や好きなもの、こだわりのライフスタイルについてお伺いしました。その結果、Y先生の医院は、おしゃれでありながら堅実・堅牢で緻密さを極めることをコンセプトに2年の歳月をかけてつくりました。すでに28年が経過しましたが、いまでも来院された患者さんがイメージするY先生の印象と建物はまったく違和感のない信頼と安らぎに満ちた建物になっていると思っています。

 医院建築の軸となる重要なファクターは、主役となる先生をイメージできる建物や内観をつくることにあると確信しました。Y先生の医院を手がけたことで、私の掲げる無限のDesign性についての考え方や発想の根幹が整ったことで、その後、私どもが手がけるさまざまな建物に反映させることができました。これまでに数多くの医療建築を手がけてきましたが、その軸足は常に変わりません。

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▲Kクリニック内観

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▲スキンケアクリニック

【医院建築における大切なこと】

 これまで眼科・内科・消化器内科・泌尿器科・循環器内科・整形外科・口腔外科・歯科・美容皮膚科など、さまざまな医院建築を手がけてきましたが、常に心がけてきたのが、院内での患者さんの移動動線と診療作業の動線の絶対的な効率化でした。双方の絡みをムダなくできることが時短を生み、スタッフの作業効率も向上します。同時に、先生が求める動きにも直結するということも大切です。場合によっては各部屋の扉をなくし、動線上の障害を最小限にするケースもありました。また、スタッフが医療機器を使用する場合に利便性の高い配線計画を機器メーカーと綿密に打ち合わせることも必要です。これらはデザインよりも優先すべきことで医院建築の要ともいえる重要なファクターです。これにより無駄なスペースを無くし、建築費を削減することにもつながります。

【2018年、複合型医療施設建設へ】

 29年間に医院建築のみならず、薬局や介護福祉施設、病院付属の幼稚園などを手がけました。銀行を相手に資金の折衝からメディカル法人の設立などを含む幅広い仕事もさせていただきました。昨年にはその集大成ともいえる複合型医療施設(クリニックモール)の設計・施工に関するすべての仕事を再び注目を集める熱海で行いました。熱海初川が流れ、熱海桜(河津桜の原型と聞きました)が咲き、隣地には芸奴検番がある熱海の風情ある景色のなかに、地上5階建、4医院13診療科目とATMや薬局、そしてNestléのコーヒーコーナーを併設した建物です。かつて“病院”のイメージは、清潔感を優先させるためどこか冷たいイメージがありました。しかし、清潔感を表現するには“白”などの明るい色を使う方法だけではありません。今回は全体的な統一感のあるイメージを考慮し、使用する素材や質感、そして照明などの使い方で清潔感を保ちながら安らぎと洗練された印象をつくりあげられたと思います。

 さて今年は、大きな病院に勤務する看護師宿舎の依頼をいただきました。頭をひねって「これが病院宿舎だ!」という建物をつくってみたいと思います。今後は、これまで以上に医療建築に注力したいと思います。

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▲これまでの集大成ともいえる熱海に建設した複合型医療施設(クリニックモール)

第2回 『デザイン×建築 アンフィニホームズ 吉川均の軌道』

アンフィニの鉄骨建築=DAYTONA HOUSE ×LDKとの取り組み

 前回、創立30周年に向けて鉄骨構造を導入したことを話しました。今回はRC(鉄筋コンクリート)建築を得意する弊社からジャンルを少し拡げようと、新しい鉄骨の工法を導入し、設計・施工・事業計画のプラットホームを目指して、同時に工業的なデザインやアノニマスデザイン(有名デザイナーなどが関わっていないデザイン)を目指していくことを書こうと思います。

 今春、DAYTONA HOUSE×LDKと提携をしました。世田谷ベースなどを世に出したLDK設計事務所と人気雑誌“DAYTONA HOUSE”とのコラボによって誕生した工業的鉄骨造の新しい建築方式のカタチです。LGSパネルと呼ばれる単一鉄骨パーツを連結させるだけで、個人住宅はもちろんガレージハウスや賃貸住宅、店舗などさまざまな建築に対応する構造システムです。

 私はもともと「引き算する建物」をコンセプトに、華美な装飾は限りなくそぎ落としシンプルな空間を無地のキャンバスに見立て、住む方の色付けで(家具や洋服など)自分色の絵画を作りだす生活を提案しています。この構造システムの導入によって躯体をむき出しにして、躯体の空間をつくり前者がキャンバスであれば、まさに彫刻制作のような使われる方のさまざまな好みに応じた立体的な空間が可能になったと思います。

【市場の変化と建築】

 ここ数年、静岡における市場の変化には驚かされることが多くなりました。特に静岡市は人口流失に拍車をかけ、インバウンドに対する政策もほとんど見当たらず市政には期待が薄れています(まずは、ふるさと納税に力を入れたら?)。また、地銀における不正融資の結果、個人投資家に対する融資は制御され、不動産市況(土地・賃貸建築など)は大きく減速し、弊社も大きな影響を受けました。静岡市の土地の公示価は上昇ぎみで、逆に家賃は下がり続け、投資効果も振るわなくなっています。そして今回の消費増税。事業投資もなかなか難しい環境になりました。 
                          
 中心市街地もシャッターが閉まったままの店舗が増えて、店舗も居抜きを借りるというコストをかけない方法が増えています(何とも味気ない気がしますが…)。クルマを欲しがらない人たちも増えて、自分の興味のあることだけに価値と資金を投じる若者が増えています。

 そんな静岡市で誰にでも受け入れられるものを造る建築はそろそろ限界なのだと思います。住宅・賃貸・ビル・商業施設など、不特定多数の人に受けいられるものを造るのでなく、あるターゲットだけを対象とした建築に特化することが必要だと思うのです。大都市圏では容積率一杯の高層化ビルが立ち並び、空き家率も低くREIT(不動産投資信託)は高水準で運用されています。人口が経済を征するという事をまざまざと感じさせられ、地方都市との格差がますます拡がっていることを実感します。人口増加の対策はよくわからない市政に期待するのではなく、魅力ある、人の集まる街を私たちが知恵を絞って考えていく事が必要と思います。

【DAYTONA HOUSE×LDK と一緒に考える】
 
 この構造システムを使い、建築の視点から新たなビジネスやライフスタイルを造ろうとしています。新しい発想は街中だけでなく、郊外にもインバウンドにも、そして住む家は自分の趣味を満喫する。そんな考え方を少し紹介したいと思います。

1.インナーガレージのある家
 楽しむ家としてクルマ遊びの出撃基地として格納庫とホビールームを確保した家。ガレージは車やバイクの置き場に限らず、工房やアトリエなど住まう人によってさまざま。クロスに覆われた空間ではなく、鉄の素材感を前面に出した空間を演出します。趣味を大いに生かす住まい方の提案です。 ※写真①②

2.あえての平屋の家(郊外・海・山に)
 美しい平屋の感性、デザインは1950年代アメリカ西海岸のムーブメント“ミッドセンチュリースタイル”の作法を踏襲しています。周りの自然や風景を借景でなく、自分の中に取り込む発想です。傾斜地でも難なく新しい鉄骨で土台を造り、美しいプロポーションを造ります。海・山の中、そして田畑の中など、自然とミッドセンチュリーが融合した美的提案です。※写真③④

3.店舗・工場・ショウルーム
 ガラスウオールを通してスケルトンで鉄骨を見せる。工期を短縮し、考え方によっては、いろいろな店舗・薬局・診療所や床を高くしてショールームや工場に新しい工業的デザインを表現することが可能です。街の中での低層商業施設にも最適な提案です。※写真⑤⑥

4.郊外型集合住宅(インナーガレージ付き)
 最近は郊外での集合住宅を造ることが少し難しくなってきました。その理由は郊外の集合住宅はファミリー向けが大半を占めるため、多い部屋数やパーキング完備を満たす割に、家賃とのバランスや街中に住みたいという需要が増えているためです。クルマ好きやバイク好きのためのインナーガレージの付いた集合住宅は、アメリカ郊外の小さな民間飛行場の建物をモチーフに設計します。建物の前にある道路は滑走路、建物は飛行場の片隅にあるガレージという設定です。ガレージにはバイクなら3~4台、クルマなら1台+バイク1台格納可能。高級バイクやクルマを盗まれる危険がなく、仲間で1室借り上げ、2階でワイワイといったモーターライフ『積極的賃貸経営』の提案です。※写真⑦⑧

5.バイカーズホテル
 近年のキャンプ・グランピングなど、アウトドアは大変な人気です。バイクでのキャンプも大人気。バイクを1階の部屋に格納して2階に仲間同士で宿泊するバイクや車が好きのための特化したバイカーズホテルです。現在バイクが格納できるホテルはほとんど存在せず、海辺・山の中・観光地にあれば、バイカーの情報網に乗り、間違いなく人気になると確信しています。また収益性も高く、従業員もほとんど必要のない手間いらずのホテルです。※写真⑨

 以上、DAYTONA HOUSE ×LDKの構造システムを使った新しいライフスタイルについて書いてきましたが、これからの時代きちんと主張できる新しい提案をする使命があると感じます。まだまだこのシステムを使ったリノベーションや限りない計画があるのですが、いずれ紹介させていただきます。まだまだ限られた人だけにしか理解されないことがあっても恐れることなく提案を続ける事が、創立30周年を迎える“Design Architecture INFINI”の新しいスタイル=生き様になると思うのです。

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第1回 『デザイン×建築 アンフィニホームズ 吉川均の軌道』

吉川均氏が、鷹匠エリアの新たな街づくり構想について語る~

 『DeSIgN ArchiTecture』をコンセプトに、ジャンルを問わない多彩なデザイン建築を手がけて来年で30周年を迎えます。起業する前、私はアパレル関連の業界で仕事をしていました。買い付けの為に訪れたヨーロッパの国々のデザインセンスや石造りの頑強な建築物に圧倒され、カルチャーショックを受けた私は、数年経つと私たちが作った服をみかけなくなるアパレル業界から、堅牢な建物に私なりのデザインエッセンスを加えてみたいと、何の知識もなく建築業界に足を踏み入れました。

 知らぬは仏と言いますが、あらゆるジャンルのデザインを手がける建築会社を掲げ、RC住宅、木造住宅、医院建築、商業建築、マンション建築、店舗の設計・施工などを手がけてきました。創業30周年に向けて鉄骨構造を導入し、工法もコンクリート・鉄骨・木造と、あらゆる構造を手がけるまでになりました。設計・施工、資金調達、事業計画までを一気通貫で行うことにより、建築のワンストップ・プラットホームとしての存在を目指してきました。

 一つのデザインを一つの建物として完結させるため、年間に多くの案件はこなせませんが、私が理想とする小回りの利くアイデアとデザインを提案させていただき、それを建築というカタチに落とし込んでいくことが、この業界を知らずに起業した私の小さな存在価値かも知れません。

 今月から5回にわたって連載するページをいただきましたので、私の考える建築的考察について執筆したいと思います。1回目は、今年6月に完成するLa. Tierra鷹匠を含め、私が思い描く鷹匠エリアを中心とした街かどづくりと、低層商業建築に対する私なりの考えを述べさせてもらいます。

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▲低層商業施設の1つ、青葉公園通りのブルックリンスクエア

[ 商業建築と鷹匠の街 ]

 私には低層商業建築への特別な思い入れがあります。フランスのパリや南西部のニースの街角で見た低層商業ビルやミラノ・ナポリで見た個性的なショップの数々。そしてスペインのアリカンテ・マラガの商店街。どの街も各々の特徴を生かした建物であり、それが独自の存在感を醸しだす街並みを形づくっています。一方、日本の地方都市における低層商業建築は、できるだけコストをかけない建物のなかに、出店する店舗が各々の個性を創りだし、その集合体が一つの建物になっているものが多いように感じます。私は建物自体が訪れる人に対して何らかのメッセージを発信し、その建物に入居する店舗に華美な装飾や看板がなくても、訪れてみたいと思う人たちが増えていくことで、周辺の界隈がそれに触発され、街に賑わいを生み出す独自の街並みが形づくられると考えています。

 6年ほど前に完成した鷹匠のランドマーク的存在のパサージュ鷹匠の設計・施工を手がけたことがきっかけで、施主さまとじっくり話し合い、私なりの低層商業建築をカタチにした概形ができあがりました。鷹匠には閑静な住宅街らしい静かな生活の営みと、隠れ家的な店舗が同居しています。その街なみに違和感のない建物であること。そして建物自体が小さな街かどをつくり、訪れた人が思わず立ち止まって中に入ってみたくなるような建物であること。経年による風化がさらにその建物の魅力を惹きたてること。樹々や草花が成長し、建物に木陰や心落ち着く空気をつくりだすこと。そして可変性のある店舗面積を可能にする設計とデザイン。店舗のジャンルは多種多様であり、必要とする面積もさまざまです。そんな要望に対応できよう壁を可変可能にして、多彩な店舗面積に対応できる建物であること。これが鷹匠ならではの街並みや街かどをつくるための基本的なコンセプトになりました。

 白い小さな街なみのパサージュ鷹匠はこうして生まれました。オーナーの理解で敷地の中に誰でも通れる小路(パサージュ)ができ、オリーブの樹々が木漏れ日をつくり、大理石には少し苔がはえ、少し剥げてきたアイアン手摺が建物の風情を醸し出し、経年による味わいや風格を少しずつ感じさせるこの頃です。しかし、白を基調としたパサージュが鷹匠以外に存在したとして、その街並みに溶け込む建物かは疑問です。街には街の個性があります。その街に溶け込みつつ、建物独自の存在感を発揮できる建物であることが大切です。鷹匠という街の歴史に根ざしながら、画廊が点在するアーティスティックな雰囲気やモダンな高層マンション、小路を歩いて探す楽しみのあるレストランやカフェがあるからこそ、パサージュ鷹匠は生まれました。2014年には『静岡市まちかどコレクション部門賞』をいただき、鷹匠のランドマークになったと思います。

 では少し視点を変えて考えると、ヨーロッパには昔ながらの街のグランドデザインが存在し、街なみや色などが統一されて街区が形づくられてきました。一方、日本は平和な江戸時代藩主中心による街なみが形づくられたわけで、私は各々の街自体がそれぞれの歴史と特色を備えていると思っています。しかし、空襲で焼かれた静岡市は、金沢のように歴史的な街並みが残っているわけではありません。戦後復興に伴い多種多様な建物がつくられていったなかで街の歴史を紐解き、その街の雰囲気と現在の街なみを併せながら建物のデザインを考えていくことが、その街の商業ビル=街かどづくりに必要な考え方ではないかと思っています。

 6月に完成したLa.Tierra鷹匠も、そのコンセプトは先述した鷹匠スタイルを踏襲しています。しかし、パサージュとは異なる鷹匠のランドマークを目指します。大地(La.Tierra)の上にしっかりと根を張ったLa.Tierra鷹匠では、オーナーのリクエストでアートと生命のサイクルをモチーフに、壁画には鷹匠の歴史を加え、永遠なる生命を描きました。また、壁面に配した七宝柄のタイルは人と人との絆や繋がりを意味しています。La.Tierra鷹匠は現代建築をベースに、鷹匠の街の歴史やオーナーのメッセージを取り入れた低層商業施設です。時折オーナー主催による街かどマルシェも開催され、鷹匠でのオーガニックなライフスタイルを提案する建物として発信していきます。La.Tierra鷹匠の1、2階は可変性の利く店舗になりますが、3階はSOHO(オフィスと住居一体型)をつくりました。年々空室が多くなってきている静岡市内にある商業ビルの現状を考えた私たちなりの挑戦です。

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▲鷹匠の街の歴史やオーナーのメッセージを取り入れたLa・Tierra鷹匠

[ 低層商業建築へ ]

 商業ビルが立ち並ぶ静岡市の中心市街地におきましても、私どもは低層商業ビルを手がけています。高層化が可能な地区で高層ビルを建てるのは、これまでは普遍的な手法とされてきましたが、今後も果たしてそうなのでしょうか?オフィスが入居するエリアは別として、人口減少化や家賃が低下するなか、中・小規模の商業施設は低層で特徴を生かし、入居効率の高い建物にシフトしていくことが一つの選択肢だと考えます。特色を生かして街に溶け込む小さなランドマークを造ることが、これからの時代の街かど造りだと思うのです。

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▲鷹匠のランドマーク的存在のパサージュ鷹匠