architecture

第3回 『デザイン×建築 アンフィニホームズ 吉川均の軌道』~医療建築への想い…それは1本の電話からはじまった~

 29年前に、私が起業したばかりのことでした。建築業界で何もかも手さぐりだった時に、医院建築という一つの得意分野をつくるきっかけになったのは突然かかってきた1本の電話でした。「おーい吉川君、あなたFPのことを得意にしてるって聞いたけど、他界した父の医院の相談にのってくれる?」。電話をかけてきたのは静岡では有名な開業医の娘さんで、私のアパレル時代からお付き合いのある方からでした。院長だったお父さまが急逝され、相続問題がよく分からないので相談したいとの事でした。当時、建築業界に飛び込んだものの静岡出身ではない私にとっては、地縁・血縁もないため営業をしても門前払いの連続で、はじまったばかりのFP(ファイナンシャルプランナー)の勉強をようやく終え、それを活用して営業活動をしようと考えていました。まだFPが何なのか世間ではほとんど理解されていない状況で、限られた私の友人たちに熱意を込めて語った一人が彼女でした。

 相続などの相談からはじまった話は、新たに旦那さま(Y先生)の理想の医院建築に着手する話になり、延べ1000坪近い建物の設計・施工のすべてを任せていただくことになりました。はじめての大仕事にたじろぎながらも銀行に奔走し、はじめて経験するコンサルタントとの打ち合わせや、Y先生の紹介で有名な医院を四国の高松から名古屋、群馬と視察しながら未開の大きな医院建築に取り組むチャンスをいただきました。考えてみればこの仕事を受けた私自身も、そして著名な医院が無名の私を起用したことについて、いま思うと信じられないことだったと、その当時を振り返るたびに思います。このようにして私どもの医院建築がはじまりました。

                                     
【医院建築のDesign】

 私どもが意とする“無限”を合言葉にしたアノニマスデザイン(有名なデザイナーなどがかかわらないデザイン建築)ですが、医院建築を手がける場合もビル内にある医院を手がける場合もDesignでは、常に気をつけるポイントがあります。それはY先生の紹介で群馬の有名な医院に行った時のことでした。超近代的な建物に感動していたところ、わざわざ院長先生が対応いただき院内の説明をしてくれたのですが、昔、映画で見た赤ひげ先生(とても庶民的な方でした)のようで、超近代的な建物と院長先生とのイメージがしっくりこないことに気づきました。この赤ひげ先生ならば、もっと優しさのある雰囲気のある建物や患者さんと距離感のないあたたかみのある建物で診療される方が、患者さんもしっくりするのではないか?と感じました。

▲Sデンタルオフィス

 帰社してから医院のDesignについてずいぶん時間をかけて考えました。群馬の医院は設計士の得意なデザインを先生が好まれて建てられたのではないかと思いましたが、医院建築というのは患者さんにとって信頼や安らぎが得られる環境をつくるべきで、設計士が得意とするデザインではなく、主役である先生の人柄や考え方、しいていえば先生の人生観がほのかに感じられる建物や内観をつくるべきであり、それが安らぎに繋がるという考えに至りました。

 Y先生の場合も診療に関する打合せよりも、趣味や好きな国とその理由、余暇にはどのようライフスタイルを送っているのか・・・など、かなりプライベートな部分にフォーカスしました。同時に奥さまのファッション感や好きなもの、こだわりのライフスタイルについてお伺いしました。その結果、Y先生の医院は、おしゃれでありながら堅実・堅牢で緻密さを極めることをコンセプトに2年の歳月をかけてつくりました。すでに28年が経過しましたが、いまでも来院された患者さんがイメージするY先生の印象と建物はまったく違和感のない信頼と安らぎに満ちた建物になっていると思っています。

 医院建築の軸となる重要なファクターは、主役となる先生をイメージできる建物や内観をつくることにあると確信しました。Y先生の医院を手がけたことで、私の掲げる無限のDesign性についての考え方や発想の根幹が整ったことで、その後、私どもが手がけるさまざまな建物に反映させることができました。これまでに数多くの医療建築を手がけてきましたが、その軸足は常に変わりません。

▲Kクリニック内観

▲スキンケアクリニック

【医院建築における大切なこと】

 これまで眼科・内科・消化器内科・泌尿器科・循環器内科・整形外科・口腔外科・歯科・美容皮膚科など、さまざまな医院建築を手がけてきましたが、常に心がけてきたのが、院内での患者さんの移動動線と診療作業の動線の絶対的な効率化でした。双方の絡みをムダなくできることが時短を生み、スタッフの作業効率も向上します。同時に、先生が求める動きにも直結するということも大切です。場合によっては各部屋の扉をなくし、動線上の障害を最小限にするケースもありました。また、スタッフが医療機器を使用する場合に利便性の高い配線計画を機器メーカーと綿密に打ち合わせることも必要です。これらはデザインよりも優先すべきことで医院建築の要ともいえる重要なファクターです。これにより無駄なスペースを無くし、建築費を削減することにもつながります。

【2018年、複合型医療施設建設へ】

 29年間に医院建築のみならず、薬局や介護福祉施設、病院付属の幼稚園などを手がけました。銀行を相手に資金の折衝からメディカル法人の設立などを含む幅広い仕事もさせていただきました。昨年にはその集大成ともいえる複合型医療施設(クリニックモール)の設計・施工に関するすべての仕事を再び注目を集める熱海で行いました。熱海初川が流れ、熱海桜(河津桜の原型と聞きました)が咲き、隣地には芸奴検番がある熱海の風情ある景色のなかに、地上5階建、4医院13診療科目とATMや薬局、そしてNestléのコーヒーコーナーを併設した建物です。かつて“病院”のイメージは、清潔感を優先させるためどこか冷たいイメージがありました。しかし、清潔感を表現するには“白”などの明るい色を使う方法だけではありません。今回は全体的な統一感のあるイメージを考慮し、使用する素材や質感、そして照明などの使い方で清潔感を保ちながら安らぎと洗練された印象をつくりあげられたと思います。

 さて今年は、大きな病院に勤務する看護師宿舎の依頼をいただきました。頭をひねって「これが病院宿舎だ!」という建物をつくってみたいと思います。今後は、これまで以上に医療建築に注力したいと思います。

▲これまでの集大成ともいえる熱海に建設した複合型医療施設(クリニックモール)